ときに備えて

園 長 古川陽子

 朝、植木に水をまいている私の背中に、遠くから「おはよー!」と元気な声をかけてくれるAちゃん。私も手を大きく振って「おはよー!!」と出迎えます。つい最近までは、お母さんから離れることが淋しくて玄関で涙が溢れてしまっていたのに。
「心のコップが『安心』でいっぱいになったんだなぁ」と嬉しくなります。
 心の中にはコップがあるのだと思います。大きくてたくさん入るコップもあれば、小さくて少ししか入らないコップもあります。見かけは整っていて美しくても繊細で割れやすかったり、ひび割れているように見えても頑丈で割れにくかったり。子どもたちは自分の心のコップを毎日せっせと作っています。
 私たち大人も心のコップを感じるときがありませんか? 嬉しいもので満たされると、なんだか楽しくて何でもできるような気持ちになり、悲しいもので満たされると思考が停止し何をするのも億劫。私は自分のコップの貧弱さを自覚する毎日です。
そしてときに、私たちはコップに入るものを選ぶことができません。「どうしてこんなことが?」「何故こんな目に合わなければならないの?」そう思う経験をされた方もおられるのではないでしょうか。
 そんなときは考えても答えは出ないのかもしれません。人間の分際では分からないと腹を決め、解決や理由を求めることなくその状況を受ける能力が私たちに必要なときがある。ネガティブ・ケイパビリティ=答えのでない状況を耐える力です。そういう力が実は私たちを守り、成長させてくれるのだと、自戒を込めて思います。
 ときに備えて、その能力を得ておくためには、幼いころから人間の範囲を超えた存在に触れ、神秘なものに心動かされる体験が必要なのだと思います。ゲームやYouTubeといった人間が作ったもので育つものもあるでしょう。それを全否定するつもりはありませんが、人間が作ることのできない自然や神秘に触れる体験を超えるものとは思えません。特に幼児期には。環境を作る責任は大人にのみあるということを肝に銘じたいと思います。